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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(あ)35号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

検察官の上告趣意のうち、不起訴となつた窃盗目的の住居侵入の罪と起訴された常習累犯窃盗の罪とは法律上一罪を構成するとした原判決が所論引用の仙台高等裁判所昭和四八年(う)第一八七号同年一〇月五日判決及び東京高等裁判所昭和四九年(う)第四八八号同年五月二一日判決と相反する判断をしたものにあたるとして判例違反をいう点は、所論指摘のとおりである。しかし、盗犯等の防止及び処分に関する法律三条中常習累犯窃盗に関する部分は、一定期間内に数個の同種前科のあることを要件として常習性の発現と認められる窃盗罪(窃盗未遂罪を含む。)を包括して処罰することとし、これに対する刑罰を加重する趣旨のものであるところ、右窃盗を目的として犯された住居侵入の罪は、窃盗の着手にまで至つた場合にはもちろん、窃盗の着手にまで至らなかつた場合にも、右常習累犯窃盗の罪と一罪の関係にあるものと解するのが、同法の趣旨に照らして相当であるから、刑訴法四一〇条二項により所論引用の判例を変更して原判決を維持することとする。したがつて、判例違反をいう所論は、結局、原判決破棄の理由にならない。

同上告趣意のうち、最高裁判所昭和五〇年(あ)第三八八号同年七月四日第三小法廷決定・裁判集刑事一九七号一頁、同五〇年(あ)第二二一六号同五一年三月一九日第一小法廷決定・裁判集刑事一九九号七四五頁、東京高等裁判所昭和五三年(う)第一六四号同年四月四日判決、高松高等裁判所同年(う)第二一一号同年九月一二日判決を引用して判例違反をいう点は、所論引用の判例はいずれも、不起訴となつた罪と起訴された罪とが併合罪の関係にある場合において、前者につき発せられた勾留状による未決勾留日数を後者につき処せられた本刑に算入することは許されない旨判示するものであつて、本件のように不起訴となつた罪と起訴された罪とが一罪を構成する場合とは事案を異にし、本件に適切でないから、所論は適法な上告理由にあたらない。

その余の上告趣意は、刑法二一条の解釈、適用の誤りをいう単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、本件において、不起訴となつた窃盗目的の住居侵入の罪につき発せられた勾留状による未決勾留日数中三日を起訴された常習累犯窃盗の罪につき処せられた本刑に算入することを許した原判断は、右両罪が一罪の関係にあることに照らして正当である。

よつて、刑訴法四一四条、三九六条、一八一条一項但書により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(寺田治郎 環昌一 横井大三 伊藤正己)

検察官の上告趣意

原判決は、未決勾留日数の算入に関し、最高裁判所等の判例に相反し、かつ判決に影響を及ぼすべき法令の違反があつて、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められるので上告を申し立てた次第である。以下その理由を説明する。

一 事案の経過〈省略〉

二 判例違反

1 原判決は、不起訴となつた窃盗目的の住居侵入の罪と起訴された本件常習累犯窃盗の罪とは、「法律上一罪」を構成することを理由に、不起訴となつた窃盗目的の住居侵入の被疑事実につき発付された勾留状によつて勾留された未決勾留日数を本件の本刑に算入することは許される旨判示した。

しかしながら、右判示は、

(一) 常習累犯窃盗犯人が他人の寮内の三室に入つて、各室から現金、カフスボタン等を窃取したほか、同日、他人の家に窃盗目的で侵入した事案について、住居侵入の罪と常習累犯窃盗の罪とを併合罪とすることは刑の不均衡になる旨の弁護人の所論に対し、「住居侵入罪は、窃盗罪と別個の法益侵害に関する異種独立の犯罪で、両者がともに成立し手段結果の関係にある場合には科刑上一罪として取り扱われるが、元来、それ自体独立して刑罰上の評価を受けるべきものであるから、これがかかる関係のない常習累犯窃盗の罪と併合罪の関係に立つことは当然である。」旨判示した昭和四八年一〇月五日仙台高等裁判所第一刑事部判決(同年(う)第一八七号、判例集不登載)。

(二) 常習累犯窃盗犯人が二回にわたり他人の現金、カメラ等を窃取したほか、その翌日に他人の家に窃盗目的で侵入した事案について、第一審判決が右住居侵入と常習累犯窃盗とは包括一罪の関係にあるとして、刑法第一三〇条を適用することなく、盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律第三条、第二条のみを適用したのに対し、「同法律第三条を構成する行為は同法律第二条に列記されているものに限られ、原判決の住居侵入の罪は、右法律第二条に列記されたものに該当しないから、これに対し同法を適用すべき限りではない。」旨判示し、職権で原判決を破棄の上、両罪を併合罪として処断した昭和四九年五月二一日東京高等裁判所第一二刑事部判決(同年(う)第四八八号、判例集不登載)の各判例に反する。

なお、両罪の関係を併合罪とする見解は、実務的にほぼ定着しているものと考える(両罪の関係について直接判示したものではないが、法律の適用において両罪を併合罪として取り扱つたものとして、昭和三三年一一月六日最高裁判所第一小法廷決定((同年(あ)第一、一〇六号、判例集不登載))、同五〇年七月三一日東京高等裁判所第一二刑事部判決((同年(う)第一、〇八三号、判例集不登載))、同五一年七月一五日同裁判所第四刑事部判決((同年(う)第九五〇号、判例集不登載))及び同五四年一月二四日同裁判所第七刑事部判決((同五三年(う)第一、七四二号、判例集不登載))などがある。)。

してみると、原判決が両罪の罪数関係を法律上一罪を構成する旨判示し、これを前提に所論指摘の未決勾留日数三日を本件の本刑に算入できる旨判示したのは、右各判例に相反する誤つた判断をしたものであることが明らかである。

2 ところで、原判決が、両罪の罪数関係が法律上一罪を構成するとする理由は、窃盗目的で住居に侵入しながら、目的たる窃盗の着手にまで至らなかつた場合、その住居侵入の罪と常習累犯窃盗の罪とを別個の罪として処断することは、窃盗の着手にまで至つた場合と比較して併合罪加重による処断刑の著しい不均衡を生ずること及び盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律第三条が常習性の発現と認められるすべての窃盗罪を包括して刑罰を加重している立法趣旨と同法律制定の経緯・目的、同法律第二条の規定の体裁、同法律第二条と第三条の各規定の関係から第二条の場合と同様に第三条の場合も常習性の発現としての窃盗目的による住居侵入は、当然に構成要件的事実に包含されているものと解する、ことにある。

原判決がいう法律上一罪とは、包括的一罪(常習一罪を含む。)、科刑上一罪のいずれを指すのか、あるいはその両者を含めて更に広い意味の法概念を指すのか判然とせず、解釈上問題なしとしないが、思うに、同法律第三条の罪と窃盗目的の住居侵入罪との罪数関係を包括的一罪ないし牽連犯と認定した昭和五一年一二月九日名古屋高等裁判所第二刑事部判決(判例時報八六三号一二九頁)、昭和四五年三月九日高松高等裁判所判決(判例時報五九三号一〇六頁)、又は昭和四六年五月二二日京都地方裁判所判決(判例タイムズ二六五号二三〇頁)に従つたものとも考えられる。しかし、次に述べるように、原判決の見解は、盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律の趣旨・目的、特に同法第三条の規定に照らし、その解釈を著しく逸脱したものであつて、到底肯認することはできない。

そもそも、昭和五年五月二二日法律第九号として制定された盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律は、その当時の経済不況の下でいわゆる説教強盗、講談強盗のひん発横行、これを模した押込み強盗、凶器を使つての生命・身体・貞操等に危害を加える凶悪な強盗などの続発による社会不安にかんがみて、これに対する被害者の防衛行為の救済とこれら犯人の厳罰による社会防衛を図り、かつ大正から昭和にかけて窃盗等の累犯前科者が増加し、これらが職業的犯人となつて強窃盗事犯をひん発させていたことに対する厳しい世論の指弾の上に立つて、常習累犯者にできる限り長期刑を科すべきであるとの刑事政策的見地から制定されたものである。したがつて、同法第一条及び第二条は専ら凶悪盗犯に対する防圧と社会防衛の見地から、第三条は累犯前科者に対する刑事政策的見地から、それぞれ固有の目的をもつて制定されたものであり、司法省刑事局の同法律提案理由説明書(平井彦三郎・盗犯等防止法釈義附録一九頁)、政府提案理由(第五八回貴族院盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律案特別委員会議事速記録第三号一三頁、同第五号三三頁)等その当時の立法資料などをみても、同法律第二条及び第三条は、それぞれ独立の処罰類型として定められていて、第三条が第二条の補充的規定ではないことはもとより、第三条が忍込み盗、押込み盗のみを対象にしたものでもなく、あらゆる形態の常習的盗犯を対象に制定したことが明らかである。また、第二条は、住居侵入を伴う行為類型のみを処罰の対象としているのではなく、同条の一号及び二号は屋外犯についても適用されるほか、三号及び四号は屋内犯のうち、例えば、門戸・しよう壁の損壊等による侵入又は夜間の侵入という特殊な行為を構成要件内に取り込み、これを刑の加重事由にするのに対し、第三条の場合は、第二条に定めるような特殊な個別的行為類型をすべて捨象し、所定の累犯前科を刑の加重理由としている。加えて、第三条を構成する行為は、第二条に列記されている刑法第二三五条・第二三六条・第二三八条若しくは第二三九条の罪又はその未遂罪に限られており、刑法第一三〇条の住居侵入は、たとえ常習性の発現としての窃盗目的の住居侵入であつても、第二条に列記された行為として掲げられていない以上、同法律によつて処罰されないことは規定の文理解釈上明白である。

原判決はまた、窃盗に着手していない住居侵入を併合罪で処断することは、窃盗目的で住居侵入して、窃盗に着手した者より処断刑で重くなる不合理があり、被告人に著しく不利益であるとするが、刑が不均衡かどうかは、これを単に形式的・論理的に判断して決定するものではなく、刑罰の実際の適用に当たつて、それが正義に反するほどに被告人に著しく不利益を生じるものであるかどうかを実質的、総体的に判断して決定すべきものである。ところで、わが刑法は、一般的に法定刑の幅を広く定め、盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律もその例外ではなく、例えば、第三条の常習累犯窃盗の罪についていえば、その法定刑は、懲役三年以上懲役一五年以下と幅広く定められており、罪数論により直ちに甚大な影響を受けるほど法定刑の幅が狭いものではない。しかも、住居侵入につき懲役刑を選択した場合における併合罪加重と累犯加重を比較すると、その長期は前者が懲役一八年、後者が懲役二〇年でその間にさほどの差異がない上、短期は加重の有無にかかわらず、いずれも懲役三年で法定刑と異なるところはないことからみて、被告人に著しく不利益を生ずると解する余地はない。しかも、第三条の常習累犯窃盗は、刑法第五六条の累犯加重の規定が適用されるとするのが判例の立場であり、したがつて、多くの場合、刑法第七二条の加重減軽の順序に従つて、まず、累犯加重された懲役三年以上二〇年以下の刑期範囲で処断されるのが通例である。特に、法律上の減軽理由がない限り、窃盗目的による住居侵入罪を併合罪として処断し、併合罪加重してみても、累犯加重された前記刑期範囲内において処罰されるので、併合罪加重は、いわば観念的な処断刑にすぎず、他方、本条適用についての量刑の実態をみるに、そのほとんどが法定刑の下限に集中している実情に徴すれば、実質的に被告人に不利益を与えるおそれは全くないのである。

してみると、原判決が指摘するように、刑の不均衡により被告人に著しく不利益を生ずるとする所論は、正鵠を得た解釈とはいえないのであつて、その理由に乞しいものといわなければならない。

3 また、原判決のように狭く解釈するときは、例えば、常習累犯窃盗犯人に該当すべき者がたまたま住居侵入の現行犯人として逮捕されたという場合に、他の窃盗余罪を発見しない限り、法定刑の軽い住居侵入の罪で罰金又は短い懲役刑で処罰され、その後に常習累犯窃盗を構成する多数の窃盗余罪が発覚しても、すでに既判力が及んでいて重ねて訴追することは許されないことになるなど、実務的にも問題が少なくなく、原判決の見解は到底承服し難い。

4 よつて、不起訴となつた窃盗目的の住居侵入の罪と起訴された本件常習累犯窃盗の罪とが併合罪を構成するものと解すべきである以上、原判決は、前掲昭和四八年一〇月五日仙台高等裁判所第一刑事部判決以下の各判決並びに不起訴となつた被疑事実につき発せられた勾留状による未決勾留は、本刑に算入することは許されない旨各判示した昭和五〇年七月四日最高裁判所第三小法廷決定(裁判集刑事一九七号一頁)、同五一年三月一九日同裁判所第一小法廷決定(裁判集刑事一九九号七四五頁)、同五三年四月四日東京高等裁判所第二刑事部判決(同年(う)第一六四号、判例集不登載)、同年九月一二日高松高等裁判所第三刑事部判決(同年(う)第二一一号、判例集不登載)に相反する判断をしたものであつて、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

三 法令の解釈・適用の誤り

原判決には、刑法第二一条の解釈・適用を誤り、起訴されていない被疑事実につき発付された勾留状による未決勾留日数を本刑に算入した違法がある。すなわち、刑法第二一条により本刑に算入できる未決勾留日数は、本刑を科せられた公訴事実又はこれと併合審理された公訴事実のいずれか(又はその双方)について発付された勾留状による勾留日数に限られるところ、原判決は、起訴されていない被疑事実についての勾留日数でも、右事実が起訴された公訴事実と法律上一罪を構成する場合には、起訴された公訴事実の罪の本刑に算入することが許される旨判示した。

しかしながら、原判決の右裁判は、起訴された勾留事実についてその全部又は一部を本刑に算入するという刑法第二一条の本旨にもとり、起訴されていない被疑事実について、たやすく未決勾留日数の算入を認めた誤りを犯したばかりか、審判の対象にならない不起訴事実等を審判の対象に持ち込む誤りをも犯したもので承服できない。

このことは、「刑事事件の訴訟手続の性質上、当該被告事件の対象である公訴事実以外の起訴されていない被疑事実の勾留は、実質上右公訴事実の捜査に利用されたとしても算入し得ないとし、もし算入し得ると解すると起訴されなかつた被疑事件についての勾留の有無、その期間をはじめ、他の被告事件の刑に対し右勾留日数が算入されたか否か、被疑者として刑事補償を受けたか否か、当該被告事件の公訴事実の処理にどのように利用されたか、いつ当該被告事件の公訴事実についての勾留の要件が具備されたかなどの事実について審理を要することになり、被告人の迅速な裁判を受ける権利を害するおそれがあるばかりでなく、場合によつては勾留を長びかせることにもなりかねず、かくては本来やむを得ぬ措置としてとられる勾留によつて被告人に与える苦痛に対する救済策として設けられた未決勾留算入制度の趣旨にも反する。」旨判示した昭和四七年二月一五日高松高等裁判所第三刑事部判決(同四六年(う)第二七一号、判例集不登載)、同趣旨の昭和五〇年一月一六日仙台高等裁判所第二刑事部判決(同四九年(う)第一八一号、判例集不登載)の各判決に照らしても、原判決の判断が合理性を欠くことが明白であろう。

なお、前項二の4に掲げた昭和五〇年七月四日最高裁判所第三小法廷決定(裁判集刑事一九七号一頁)以下の判決は、いずれも併合罪の関係にある不起訴となつた被疑事実につき発付された勾留状による未決勾留について、それが実質上起訴された公訴事実の捜査に利用される結果を生じたとしても、刑法第二一条の規定により右起訴された公訴事実の罪の本件に算入することが違法である旨各判示しているのであるが、この点も、被疑事実についての未決算入を考える上で参照されるべきである。

以上の諸点を勘案すると、原判決が第一審判決を認容したことは、これまた、刑法第二一条の解釈・適用を誤つたもので、その誤りは、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものといわなければならない。

よつて刑事訴訟法第四〇五条第二号、第三号、第四一〇条第一項本文及び第四一一条第一号により、原判決破棄の上、相当の裁判を求めるため、本件上告に及んだ次第である。

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